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September 20, 2006 アーカイブ

September 20, 2006

懐かしい響き

 Akagi Cafeの改装作業をしていて,昔懐かしいねじ巻き時計を取り付けた。作業をしているときは作業に気をとられていたから気がつかなかったけれど,今日カフェに行ってコーヒーを淹れていたら時計が鳴った。
 私が生まれた横須賀の家では,柱の時計のねじを巻くのは祖父の日課だった。まず夕飯が済むと柱の下にいすを持っていって,時計の扉を開けて右の穴にねじ巻きを差し込んで数回,左の穴にねじ巻きを差し込んで数回。祖父は几帳面な人だったのでまく回数も決まっていたのだけれど,1,2・・・と数えながら巻いていたのだけ記憶していて具体的に何回だったのかは忘れてしまった。そのおかげで,家中寝静まっていようとなんだろうとかまわず巻かれた時計は時を告げた。大きくなってから深夜にその音によくびっくりさせられた。
 祖父がなくなってからは時計は振り子を止め,進むこともやめてしまった。カフェの時計の音を聞くまで,ずいぶん長いことその祖父の日課を忘れていたし,そのころの自分についても思い出すことがなかった。
 今日は16日から続く赤城神社の例大祭の本祭りで,つまり神社の神事だったのだけれど,朝カフェについたら舞台の上でお囃子の演奏をしていた。それにしても篠笛がものすごく美しい音色で響いていた。その音色に母方の祖父が時々吹いてくれた篠笛のことを思い出した。その形見の篠笛は今では私の家にある。いつか吹きたいと思っているのだけれど。
 今日は懐かしい音が響く日だった。猛烈に懐かしくなり,猛烈に祖父たちに逢いたくなった。

no meanings

何もない
何も意味を持たない
言葉も
思考も
文字も

突き抜ける空の青さを
キラキラと輝く木々の緑を
鳴子を揺らす風の清しさを
素足で踏みしめる砂の冷たさを
両手ですくった水の懐かしい匂いを
小さな箱庭で開いた花びらを
じりじりと肌を灼く日差しを

ああ
生きていることに感謝する
こんな雑踏の中で
個である前に人である前に
まだ私は深くすべてにつながっている

やがて燃え尽きてしまうのだから
そしていつか土に還るのだとしたら
日々一瞬一瞬触れるすべての感動を
触れた瞬間喪われ始めるのを知っているけれど
わがままにもすべて感じ取り切り取り手に入れ咀嚼し示そうともがかずにはおれない

でも私は愚かでちっぽけだから
この愛を表現する手立ては
何もない

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