ミニアルバム『TANE たね』について書こうと思います。
既にお聞きになられた方もいらっしゃるので,感想をおよせいただければと思いますが,4曲入っていて曲は全てスタンダードです。Smile/Girl Talk/Fly Me To The Moon/The Days of Wine and Roses。なんというか,ベリースタンダードな選曲です。
この曲を選んだ理由はシンプルで歌いなれているということ。いつもライブにいらしてくださっている皆様はイメージしやすいと思いますが,大抵私はピアノやギターのプレイヤーの方と一緒にトリオやデュオでライブをやります。ジャズのスタンダードを比較的クラシカルな形式で,歌っていますが,今回のアルバムは何が肝かというと・・・そのアレンジです。
アレンジをしてくれたのはGolden Balls Studioの菊田冬彦くん。彼はジャズのジャの字も知らないロックギタリストだと言っていいかも。見た目は愛すべき宇宙人みたいな感じなんですが,好むところはUKサウンド。ここは実は私と同じ。私のルーツの一つはSadeだから。菊田君はオリジナルも作っているのですが,そのオリジナルのサウンドがあまりに面白くて,アレンジをお願いすることにしたわけです。ジャズを知っている人にアレンジをお願いするよりも,もっと新鮮なものが出来上がると直感したから。
初めて聴く曲,単調なコード選びと構成,どれも同じに聞こえる曲。おそらく彼には「どう料理したらいいのかわからない素材」だったと思います。刷り込みをしたくなかったので,こんな曲だよ,というのも1回しか聞かせず,後は譜面を渡しただけ。それが去年の夏のこと。
秋口になって,そろそろ稼動しないとなぁと思っていたところに菊田君から連絡が。何曲かアレンジしてみたので聴いて欲しいという。高級住宅街にあるトイレ共同,風呂なしの4畳半に訪ねて行きました。今時いないよね。なおかつ,大家さんは留守にしていて,いくつかある他の部屋は誰も住んでない・・・廊下の一番奥にあるトイレに行く時,他の部屋のドアが実はとても怖かったのだけれど・・・まぁそれは別問題なのでいいとして。
出来上がったサウンドは,期待通りというよりも,期待以上。まず最初に感じたのがものすごいスペース感。基本的には彼の打ち込みによるアレンジで,ギターやところどころのタンバリンは菊田君自身が弾いて録音されていました。目を瞑ると音があちこちに廻って,聴いている私を包み込むよう。粒だった感じ,すごくナチュラルな感じ,そして近未来的な予感,ひずんだギターの音色,「すごい」の一言でした。「菊ちゃん(と菊田君のことを呼んでいるのだけれど)はやっぱり天才なんだね」と思わず言ってしまった。
そこから歌入れ。Girl Talkを録音して,Smileを録音。その後Fly Meと行くのだけれど,生半可な集中力ではないので,あまり長く続けられず,また録音した声が気に入らなくてしばしばいらいらしたり。歌を入れることで菊ちゃんサウンドとどう融合するのかが非常に気になるところでしたが,歌入れをしてからバックのオケを若干いじったりして曲を作りあげていきました。
さて,時は師走,最後のThe Days of Wine and Rosesの段になって,菊ちゃんからぱったり連絡が来なくなりました。どうしたのかなぁと思っていたら,4曲が4曲とも同じような曲で,どうアレンジしたらいいものかわからなくなって,こり始めたらどつぼに・・・とのこと。とりあえずそのどつぼサウンドを聞かせてもらうことにしました。
ラフなどつぼサウンドを聞いただけで,また私は「菊ちゃんはやっぱり天才なんだね,頭おかしいよ君は」と言い,そのころにはソロを吹いてくれることが決まっていたサックスの後藤輝夫さんも,聞きながらげらげらわらって「こいつはすごい」と一言。
まぁ,そのどつぼサウンドに,改良を何度か重ねて歌入れをして仕上げていくわけなのだけれど,このころにはもう先に入れた歌が気に入らなくなっていて,再度取り直し。だんだんと菊ちゃんもアレンジでどういうイメージにしたいという要望も沢山出てきて,結果,時にはアバンギャルドに,時にはナチュラルで癒しに満ちて,時には崇高ささえ漂わせる音が出来上がっていくわけです。
でもね,後ろのオケがどうなろうと,私の声は変わらないから,そのギャップが面白かったりします。変わらないものは,コアなんだな,と改めて思います。反発しない,でも迎合もしない。媚びない,尊重しあう。そんなことの繰り返し。
このアルバムは,いろんな評価があるだろうけれど,私の中ではジャズ,なんです。今ライブで演奏されるジャズと呼ばれているものは,ジャズという名称のクラシックだと思います。私もそういうスタイルで歌ったりするし,そのスタイルのよさだってあるけれど,クラシックのよさはクラシックのよさとしてあるのは知っているけれど,ジャズってもっと「クールで,かっこよくって,挑戦的で,トライアンドエラーで,先取りチックで,近未来的」なはず。いけいれる人も受け入れない人もいたけれど,マイルスが常に先取りを続けてきたように,ジャズという概念の意味するところは,そのスピリットだと思っています。
だから,ジャズ。あたしがあの朝出遭って衝撃を受けたのはジャズのサウンド性だけじゃなくて,その魂のところ。そこに拘りたいと思って作りました。アレンジをしている間にわかったのは,先にも書いたけれど,菊ちゃんがUKサウンドが好きだということ。しかもレディオヘッドとかビョークとかが好きなのね。私も好き。UKのサウンドはクールでおしゃれ。「お,これいいな」と思うと大抵UKサウンドだったりするのだけれど,そんなエッセンスも感じられます。
また,サックスやフルートを吹いてくれた後藤輝夫さんは,Go-men.net「ごめんね」という,えらくいかしたハモンドオルガンバンドのバンマスなんだけれど,幼い頃聞いていたのがコルトレーンだそうで。ふーん,と思っていたら,菊ちゃんサウンドに触発されて,衝撃的なソロを吹いてくれました。
この衝撃的なソロに至るまで,押しなべて普通なオブリガードをちょろちょろと吹いてくださっていたのですが,「なんか,こうもっとぐっと来るものが欲しいなぁ」と一声かけたら,「じゃぁこんなのは?」と1回目。うわーすげーなーと菊ちゃんと二人であんぐりと口を開けたまま。「いや,今の駄目もう一回」と本人が言うので吹き直し。そこまで拘っていただけるのであればと,今度は私が2度ほど駄目出し(笑)をして,CDに入っているものになりました。高級住宅街にあるトイレ共同,風呂なしの4畳半での宅録なのでサックスの音は苦情が来そうで,菊ちゃんは青くなっていました。そんな笑える思い出もミックスして出来上がったサウンドです。
さて,アルバムタイトルを『TANE たね』にした意味。そこから何かが始まる,という意味でもあるし,私の始めての形になった作品,という意味もあるし。何かがそこから成長していけばいいなと,そんな願いを込めています。はじめは『たね』だったのだけれど,マスタリングをしてトラックダウンをした後に菊ちゃんがロンドンに行っていて,出来上がったらロンドンに送りたいらしい。あれー,じゃぁ日本語表記だけだと辛いかなぁと。それで『TANE たね』。名前も同じ理由。私は以前megという名前で歌っていたのだけれど,そのmegっていうのが,ある時どうも「ぽち」とか「たま」みたいな風に聞こえてきて,フルネームで歌おうと思い立ちました。だから最近使っている,藤野めぐみを記載して,ついでに英語表記も載せました。
ジャケットのデザインやフォントについてアイディアを下さったのはデザイナーで今はx-style.incという会社の代表でもある安藤俊也さん。彼はデザインの審査などがあると世界中から審査員としてご招待が来ちゃうような,世界的なデザイナーです。
私がミニアルバム作っていると聞きつけて,「デザインやってあげるから任せなさい」と!ええええ!!!世界の安藤俊也にデザインしてもらえるの???と感激に打ち震えておりました。が,発売予定が4月20日だというと,彼は「4月10日までデザインの審査でロンドンにいるので,帰ってから」という。CD制作会社からは4月の頭にはデータを揃えてもらわないと間に合いませんといわれていたので,「それじゃ無理」ということで,安藤さんのデザインを待って発売を先延ばしにすることにしました。
そしたら・・・4月10日になっても安藤さんは帰ってこなかったわけです。焦ったなぁ・・・。そもそも,菊ちゃんからは,表に私の写真を使うと「アイドルみたいだからいやだ」と注文がきていたので,自分の写真じゃないものを・・・と考えていました。写真を撮る才能のない私は,ならば自分で絵ぐらい描こうと思って,『たね』だからとひまわりの種の絵を描いていました。日本に帰ってこない安藤さんに,あれこれ「こういうふうにしたい,ああいうふうにしたい」とメールで説明することにしました。「わかり難い。パワーポイントかなんかで,きれいじゃなくていいからなんとなく作れないの?」と言われ,「あ,そうか,そんな説明方法があるんだ」と作成し直して,ついでに種の絵もスキャニングして送りつけると・・・それを見た安藤さんから「なんか暗くない?」との一言。「えええええ・・・・」この時点でジャケットに相応しい写真も絵もイメージもなにも沸きません。
あわあわしてたら,「音を聴いたら,ナチュラルな広がりと,癒しを感じた。こんなのはどう?」と,なんとそのとき安藤さんがいた死海の写真を何枚か見せてくれました。あれ,ロンドンなんじゃ・・・という疑問がよぎりましたが,なにやら本業のインダストリアルデザインにかかわる何かを作りにイスラエルに行っていたそうで・・・。
その中に表紙の写真に使っているDATEの木と死海の写真がありました。DATEは死海の緑地化のためにはじめに植えるという植物で,その果実は甘くて,過酷な状況下でも緑を砂漠にもたらす第一歩になる木なんだそうです。『たね』にしようと思った私のコンセプトにぴったりだ!と感激して使わせてもらうことに。
そしてブックレットの中には写真家の山田素子さんが撮ってくれた私の写真を使いました。彼女は人を優しくする写真を撮る人です。写真を撮られる才能もない私を,よくここまで撮ってくれたなぁと感激しています。また,あわせて20年以上前から書き溜めている詩の中から,私とジャズとの出遭いを書いた『蒼い空気』という詩を中に載せました。私の描いたひまわりの種たちも,どこかにいます。
このアルバムを作るに当って,協力してくださった全ての人に,表し尽くせないくらい,とても感謝しています。一瞬間を切り取って小さな板に閉じ込めたけれど,その閉じ込めたものは,次につながる何かです。ぜひ聴いた感想を聞かせてください。
お手にとって下さる方,聴いてくださる全ての方に,愛と感謝をこめて。