先日の・・・
頭脳タイプチェックみたいなのをやった話を書いたけど,必ず社長になれる度みたいなのが登場する。「社長になるかなれないか」っていうのは重要な価値基準なのか??かなりなぞ。社長なんぞなれなくとも案外幸せだし,フリーターというのは自分自身の王国においては常に社長でもあるし国王でもある。ちなみにあたしは,布団の国の王様である。えっへん。
社長というのは,響き的にちょっと古めかしい偉い人,というイメージがある。昔ほど「社長様」にたいして頭が上がらんという構図もなくなってきている。社長=偉い人ということではもうない。社長に取って代わって「取締役」みたいな肩書きが登場して繁茂しているけれど(いや,これも以前からあったか)これもいろんな場面で目にする肩書きなので,実際何している人なのかよくわからない。「代表取締役常務」とか「取締役副社長」とかなんだか,まるで順列組み合わせみたいな様相を呈している。
オースティンパワーズは好きな映画のひとつである。あの映画に登場するドクターイーブルは「世界制覇」を常にもくろんでいるわけなんだけれども,「社長さんが偉い」というのは「ドクターイーブルが世界制覇することに意義があると思い込んでいる」構図に似ている。果たして,これは教授とかが存在する世界にも当てはまっちゃったりする。それほどに,ああ,ほんとこの人尊敬する,と心から思える社長さんや教授というのが少ない。下手したら,「パパぁ♪」=「しゃちょぉ~♪」=「せんせぇ♪」って同系列だったりするし・・・。まぁでもどんな世界でも上に上り詰められる人はやっぱ偉いのかな。どうなんでしょうか??