明日につながる今を
今回お世話になったすべての皆様,Marinaraのマリさん,バンドの皆さん,ボランティアスタッフの皆さん,そしていらっしゃったお客様全てに,深く感謝を申し上げます。有難うございました。
さっき仕事へ移動する電車の中で,中吊りを見ていた。「中国よりも危ない食糧事情」みたいなのがセンセーショナルに書いてあった。今危なくない食材なんて,あるのかな?と思っていた。さて,今回江別のMarinaraでのWFPへの募金チャリティーにイベントに参加して,思ったことをいくつかつれづれと。
このイベントは,北海道だから説得力のあるイベントだったなと思います。北海道は食の大地だなと実感しました。酪農も農業も漁業もあって,北海道でとれた食材を一つ一つ丁寧に使って提供される素晴らしい食卓。ただ,募金するのではない,みんなの思いと意志が明確になるイベントでした。
今,私が出来ること,どんな形でか伝えたいこと,本当は沢山あるけれど,今回はその中で一つ,食について考えるチャンスを与えてもらいました。私は今年もいくつかの野菜やハーブを自分で育てて食べているのだけれど,水をやらなかったら植物は枯れるわけです。肥料が足りなかったら痩せた収穫になるわけです。
我々は当たり前のようにまともな食材にありつけて,専門の農業・酪農・漁業に携わる人で無い限り,狩猟民族でも農耕民族でもなくなった。他の誰かに食を依存する民族になっているわけです。だから,食材を育てる大切さも,食材を獲る大変さも,あまり知らない。そして,食にありつけない国々に対して思いを馳せることも少ない。なぜなら,当たり前に「ある」からね。仕方のないことかなと思います。
でも,一年のうち数回だけでも,そんな国があって,食に苦しむ人々が世界にはいるのだと認識したり,毎日当たり前のように口にする何かがある幸せを,ちゃんと意識して感謝することは,あっていいと思う。
昨年のイベントはMarinaraの十周年を機にやってみた試みだったため,意図が明確になりにくかったそうです。今年はチャリティーを目的にしたイベントだとさらにちゃんと明らかにして,随分早くから準備をしていたそうです。ボランティアスタッフの皆さんも仕事を休んだり,忙しい時間を何とかやりくりしたりして参加。
なんて伝えたらいいのかな,つまり我々は,何もアクションを起こさなければ,今も,明日も,変えることはできないんです。不器用であろうと,器用であろうと,洗練されてなかろうと,洗練されたものであろうと,手作りであろうと,失敗しようと,成功しようと。
今回のイベントは私の目には成功したように映りましたが,結果ではなくて,さらに次につながる一歩であること,それがとても大切なことと思います。言うは安し,行うは難しとはよく言ったもので,まず,やること。そして,我々は小さな種をまいたら,水をかけて肥料をあげて,育てていく,そういう責任を負うのです。
少し堅い話になったかもしれません。でも,基本はやっぱり,愛なんですってば。